競技柔術では「力」が全て?国際大会でのステロイドの蔓延について
25.05.06

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「柔よく剛を制す」——これは柔術の理念として、長らく語り継がれてきた美しい言葉である。
技術によって大きな相手を制す、という精神は確かに柔術の魅力のひとつだ。
しかし、現代の競技柔術、とりわけIBJJF(国際ブラジリアン柔術連盟)主催の国際大会の舞台に目を向けると、「剛よく剛を制す」という現実が浮かび上がってくる。

柔術エリートの「フィジカル至上主義」
世界大会のマットに立つアスリートたちは、もはや単なる柔術家ではない。
彼らは、極限まで鍛え上げられたフィジカルモンスターであり、筋力、スピード、スタミナのすべてにおいて一般人とは次元が違う存在だ。
確かに、技術は必要だ。
だが、技術の前提として「強靭な肉体」がなければ、最先端の技を実行することすらできない。
特にアドバンストレベルにおいては、引き込みの攻防、ラペルガードの維持、パスの連続など、どれも高い心肺機能と筋持久力を要求される。
言い換えれば、フィジカルの差が技術の有無を凌駕してしまうことすらあるのだ。
ステロイドの闇——実在したドーピング事件
2023年、IBJJFパン選手権で金メダルを獲得したトップ選手フェリッペ・アンドリューが、ドーピング検査で陽性反応を示し、2年間の出場停止処分を受けた。
禁止物質はクロミフェン――本来は女性の不妊治療に用いられる薬剤だが、アナボリックステロイドの副作用を隠蔽する目的で利用されることがある。
同様に、2024年のノーギ世界選手権王者フェリペ・コスタもクロミフェン使用により1年間の出場停止処分とメダル剥奪を受けている。
さらには、2022年のノーギ世界選手権ではロベルト“サイボーグ”アブレウを筆頭に、5人の選手がUSADAの抜き打ち検査で陽性、あるいは検査拒否によって3年間の出場停止処分となった。
対象となったのはジョナタス・グレイシー、イゴール・フェリス、エンリケ・セコニ、ヴァグナー・ロシャといった実力者たちである。
このような一連の事件は、ステロイドの問題が単なる噂話ではなく、IBJJFの最上位レベルで現実に起こっていることを証明している。
USADAによれば、柔術選手に対するドーピング検査数は依然として限られており、「バレなければOK」という文化が一部に根強く残っている可能性がある。
柔術は「技術の格闘技」ではなかったのか?
こうした現実は、「柔術は技術で勝つ格闘技」という我々の信念を揺さぶるものだ。
確かに、技術は重要だ。
しかし、現実の試合では、フィジカルの差がテクニックを無効化する場面は多い。
いかに正しいフォームでスイープを仕掛けても、150kgの相手に押し潰されれば無意味になる。
もはや国際大会では、「テクニック+超人的なフィジカル」が勝者の条件となっている。
フィジカルを疎かにする者に、勝利の女神は微笑まない。
それでも「ナチュラル」で闘う意味
では、我々はステロイドに手を出すべきなのか?
答えは明確に「NO」である。
アナボリックステロイドの使用は、筋肉量を増やし、回復力を高める一方で、長期的には深刻な健康被害をもたらす。
肝臓障害、心疾患、不妊、ホルモンバランスの崩壊……その代償はあまりに大きい。
フェリッペ・アンドリューは2023年の栄光を剥奪され、競技生活のキャリアにも深い傷を負った。
サイボーグやその他の選手たちも、長期の出場停止によって選手生命を削られている。
確かに一時の栄光を掴むことはできるかもしれない。
しかし、その代償として失うものは、肉体とキャリア、そして柔術家としての誇りだ。
今こそ「ナチュラル・フィジカル」の時代へ
フィジカルが重要なのは事実だ。
だからこそ、我々は「ナチュラル」な身体づくりを目指すべきである。
スクワット、デッドリフト、コンディショニング、心肺トレーニング、そして十分な睡眠と食事——正しいトレーニングと回復によってこそ、真に強靭な身体は作られる。
近年では、柔術家専門のS&C(ストレングス&コンディショニング)コーチも増え、科学的なアプローチによってパフォーマンスを向上させることが可能になった。
フィジカルは技術を支える土台であり、それ自体が戦術の一部でもある。
まとめ:フィジカルは武器、ステロイドは毒
競技柔術において、フィジカルの重要性はもはや否定できない。
しかし、それは決してステロイドを正当化するものではない。
我々が目指すべきは、ナチュラルなフィジカルの追求と、技術の深化による勝利である。
「柔よく剛を制す」という理想は、現代において一部の神話となりつつある。
だが、それでも我々は「正しく強くなる」という道を選ぶべきではないだろうか。
力が支配するマットの上でも、「正義の筋肉」は、いずれ真の勝者を生むと信じたい。

